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アスペルガー症候群の二次障害による暴力が止まらない次男の話。夫の首を絞める

この記事は女性の方に、アスペルガー症候群の息子さんについて書いていただきました。

……….

 私の次男は今年30才になります。発達障害(アスペルガー症候群)の診断を受けています。発達障害の性質により、小さい頃から自己肯定感が低く、いつからか違う方向に進んで行ってしまった感があります。今回はそんな次男の二次障害についてお話しします。

※二次障害とは発達障害の性質により自己肯定感が低くなり、鬱病や不安障害、暴力などの症状や行動が現れることです。

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次男の暴力

 私の両親の没後、実家が空家になったので、次男はそこに犬2匹と共に移り住みました。というより、移らざるをえなくなるような事をしでかしたからです。

 4年程前のある日、珍しく次男と夫が座敷で話していました。なんの話の勢いかわかりませんが、次男が夫に馬乗りになり首を絞めていたのです。急いで次男を離そうとしたけど、全く離れずにどれくらいの時間が経ったかわかりませんが、「くそオヤジが!」と言い放ち、出ていってしまったのです。

 夫は白目が赤く充血していました。それ以降、次男は我が家と断絶状態です。おととし長男が結婚しましたが、席はとりあえず用意したものの、次男はやはり欠席。親戚からは 怪訝な顔をされました。

 私は次男の衝動的な暴力は二次障害のせいだと思っています。発達障害の性質により溜まりに溜まったストレスが爆発したのでしょう。思えば学生の頃も精神状態が不安定な時期が長く続きました。

幼稚園から小学生の頃

 今思えば小さい頃からちょっと変わった子ではありました。

 人とうまく友人関係を結ぶことができず、いつも一人でいて、感情を表現するのが下手でした。先生も気を付けては下さっていたのですが、自由時間はずっと一人でした。

 また、読み書きも遅くて、普通の子のように国語の教科書を読むことが難しく、当然成績も良くありませんでした。

 その代わり、仮面ライダーの人形集めに熱中し(仮面ライダーのみ)、小学校高学年になったらゲームに熱中していました。とにかく一つのことをとことん突き詰めるタイプでした。趣味の偏りが激しいのもアスペルガー症候群の性質です。

 そのころ、うちには3人の子(長男、次男、長女)がいて、子育ての真っ盛り、ちょっと変わってるけど、まさか発達障害だなんて微塵にも思いませんでした。今でこそアスペルガー症候群もADHDも知られるようになってきましたが、当時はテレビでも本でもそのような情報は全くありませんでした。

中学校から高校時代。二次障害が始まる

 中学に入ってからは眉毛を剃っり、喧嘩をしたからという理由で私たちが呼び出されることが多くあり、頻繁に中学校へ行っていました。友達とのコミュケーションが苦手なのは小さい頃と変わりません。それゆえ、すぐに手が出てしまうのです。

 2年頃から休みがちになり、3時間目からでも 給食からでもいいから学校へ行こうよと起こすのですが、うるさい!の一点張り。友達が誘いに来ても起きずに段々と引きこもり状態になっていきました。時々学校へ顔を出したり、2時間目から行って給食を食べて帰って来るという日々でした。この頃から二次障害による影響が表れ始めたのだと思います。

 授業には殆ど出なかった次男ですが、公立高校に合格することができました。これには私も本人もびっくり、一番びっくりしたのは学校の先生たちだったと思います。全然授業を受けていない、受験勉強もしていない次男が受かってしまったのですから。

 けれど高校1年の頃は半分位しか学校にはいけませんでした。その頃、私の夫が初めて単身赴任、そして母が亡くなりました。この頃が一番家庭内暴力が酷く、長男と喧嘩して長男の腕にはヒビが入ったり、台所で床に投げ捨てたレトルトカレーを力いっぱい踏んづけて、カレーが天井まで飛び散ったり。夫には報告はするのだけど、一緒には生活していないから全く抑止力にはなりませんでした。

 調子がいいときは朗らかなのですが、どこかでスイッチが入ってしまうとキレて手に負えない状態になりました。一度、声が聞こえたのか近所のお父さんが止めに入ったこともありました。

 こんな状態でしたが2年の夏休み明けくらいからまともに学校に行けるようになり、やっとのことで卒業もでき、建築関係の専門学校にも受かり、ようやく次男にも本当の春がやってきたように思えました。

専門学校、中退、そして今

 専門学校は楽しかったようで、立派な建築図面なども書けるようになっていましたが、留年をきっかけに退学してしまいました。

 辞めると言い出したら聞かないし、洋服屋のバイトをし始めていたので、私も人生経験の一つだと自分に言い聞かせました。それなりに稼いでいたようです。洋服にもこだわり続け、一所懸命熱く語っていました。

 次に欲しがったのが車の免許です。車種にも当然こだわり、内装も全てオリジナルです。そのころまた夫が別のところへ単身赴任していましたので、次男の車に乗せて行ってもらっていたのですが、車中の話は、「お父さんは車を変えた方がいい」ということを延々と演説されました。洋服にせよ、車にせよ、アスペルガー症候群による「こだわり」は大きくなっても変わっていません。

 その後、洋服屋を辞めてから次男はホストの世界に入りました。ある時、飲んだ勢いで自分の知り合いを連れて一番下の娘の仕事先に行き、大声を張り上げ「ぶっ殺してやる」と叫んだそうです。

 そのとき、私は娘から電話をもらっていたので急いで娘を迎えに行き、仕事先に謝り、夫に報告しました。

 酒を飲んで狂乱することもそうですが、今までの出来事を精神科の医者に相談したところ、発達障害だ、脳の病気だよと言われました。さらには「発達障害の直接的な影響と言うか、二次障害だと思う。学生の頃は暴力を振るったり荒れていませんでした?」と聞かれました。先ほど説明した通り、全て当てはまっているので納得をしました。後に正確に診断をしてもらったところアスペルガー症候群だと分かりました。

 医者はアスペルガー症候群に加えて父親との関係性、家族間のありかたの歪みだと教えてくれました。これは親の責任でもあるのです。小さい頃から次男の性質を理解し、療育ができていれば、今これほど苦しんでいただろうかと考えてしまいます。成人したら本人の責任ではあるのですが、幼少期は大人の基礎を作る時期です。この時期に療育を怠ってしまったつけは決して小さくはないでしょう。

 時間はかかると思いますが、次男との関係の修復を図っていきたいと考えています。

[参考記事]
「発達障害による二次障害とはどんな障害で、どんな症状があるのか」

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