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発達障害の子供が生きやすくなるか生きにくくなるかは親次第

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この記事は発達障害の子供さんを育てている女性に書いていただきました。

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 私は自閉症スペクトラムの診断を受けている息子を育てています。発達障害の知識量が増えるにつれ「あの子は発達障害の傾向があるんだろうな」「あの人が周囲とうまく行かないのは根っこにその傾向があるからかな」等と気づいてしまう事があります。子育てに悩んでいるお母さんから相談を受けたりしても、発達障害の子が持つ傾向から来る困り感があることが多く、「こうすれば親子共にもっと楽になるのにな」と思うことがしょっちゅうです。

 息子と似たような傾向を持ちながら、そのまま診断も療育も受けず「定型発達児」として中学・高校と進んでいる子供もいます。早くに診断を受け、発達障害児として療育を受けてきた息子と比べながら、そういう子供はどういう家庭で育てられてきたのか自分なりに分かったことがあります。

環境が合えば「個性」として生きていけるけれど…

 私から見ると発達障害の傾向があるように思えても、「色々あるけどそれも個性のうち」と捉えて過ごしている親子を見ると、周囲の環境に恵まれていたのだろうなと感じます。その環境の中には親の性格、住んでいる土地柄、家の間取り等々があります。そういう親は自分にも似たような傾向があるにも関わらず人生を前向きに捉えていることが多く、子供に過度の叱責も行わず、時が過ぎ解決するのを待っています。周囲で悪い噂話が流れようとも「好きに言わせておけばいい」と気にしていないお母さんにも出会いました。おそらくそういうお母さんはご両親におおらかに育てられ自尊心を損ねずに大人になれた例のように感じます。ありのままの自分で環境に適応し、自分らしく生きていけている親は子供にも自然と上手に生活の中で療育のような事をしているのでしょう。

 反対に親自身が発達障害の傾向がありながらも気づかず生きてきて、自己肯定感が低下している場合、子供に対しても否定的な態度を取ってしまい、悪循環に陥っているケースも見ています。「人との良い関わり方」がどういうものかという感覚を自分の中に持っていない親は、発達障害の我が子にどう接していいのか分かるわけもありません。悪しき連鎖を自分の代で絶とう!と強く決意し努力する親でなければ、自分がされてきた事を無意識に子供にしてしまうのは当たり前ともいえます。そうすると子供に鬱や自傷行為などの二次障害が起こってしまう可能性も高くなってきます。

 残念なことに、日本という国で産まれ育ち、発達障害の傾向を持ちながら自尊心を高く持ち成功している親の方が、現状では少ないように感じます。海外のとある国では、子供にアスペルガーの診断がつくと「我が家に天才が産まれた!」と喜ぶそうです。その国では、発達障害に対する知識も受けられる支援も制度としてきちんと整っているのでしょう。日本も療育が受けられる制度がありますので、決して他国と比べて劣っているわけではないです。

 では他国と日本では何が違うのか。西洋ではとくに言葉で説明しないと相手に伝わりません。それに対して日本には「自然と空気を読むのが当たり前」「周囲に合わせて目立たないのが良い事」という文化があります。どちらがが良いとか悪いとか言っているのではなく、発達障害者に対しては日本の環境は不利になっているなと感じます。自閉症スペクトラムの子供は特に空気を読むのが苦手ですので、全て言葉で説明する特徴のある西洋であれば少しは楽になれるかなと思っています。

 もちろん、日本でも環境さえ合えば「個性」として自分の良さを活かして生きていけます。発達障害を告白したモデルの栗原類さんがその典型ですが、「少し変わり者だけど、いい感じに個性が出ている」と感じます。栗原さんはモデルですので、顔も、スタイルもいいですが、長所で短所をカバーして前向きに生きている良い例になります。これは栗原さんの親がそのような方向に意識的に導いていったからです。決して「たまたまそうなった」のではないです。

 日本という国での発達障害者

 日本でもここ数年で発達障害というものがどういうものか、知る機会が格段と増えたように感じます。テレビやメディアで取り上げられる機会も多くなり、詳しい内容は分からずとも「発達障害」という言葉を聞いたことがない人はかなり少なくなってきていると思います。これからの時代は、徐々にですが障害を持っていても自分らしく輝ける生き方を選びやすくなってくるのではないでしょうか。

 しかし、現状はまだまだ対応が追い付いていません。現在中学生になったばかりの息子ですが学校という場所は辛く苦しい事の方が多いようです。支援級に在籍すると成績の付け方が通常級とは異なり、受験の際に不利になると説明を受けました。現在息子は通常級に在籍しつつ、週に一時間通級指導を受けています。週に一度の通級指導だけではカバーできない面は普通級の担任の先生の配慮に頼っています。

 息子が通う学校は特別支援についての知識が豊富な先生が多く、自治体としても特別支援に力を入れているのでこれだけのサポートが受けられていますが、自治体によっては通級指導は用意されているけれどほとんど機能していなかったり…。サポートの質は通う学校によって全然違います。まだまだ発達障害の子供が生きやすい社会とはいえません。

 もちろん、何でも国や行政に頼るのではなく、基本的な部分は親がサポートをする必要があります。「保育園に落ちた。日本死ね」というブログのことが政治の世界でも話題になったことがありましたが、これは間違った発想だと思っています。私であれば「子供を産んだのはあなたです。あなたが自分の手で育てるのは当然。それでも足りなければサポートするのが国であり行政です」と言います。ですので、障害者のサポートに関しても保育園に関しても、行政のせいで子供がこうなったと考えるのは筋違いです。ですので、現状において息子が困っているのも、私の責任でもあるのです。全て学校が悪いと言ってるわけではありません。また、親の責任が100%かと言われればそれも違います。先ほど書きましたが、日本の文化に影響される部分もあるからです。

 ですが、「子育てを他人任せにしない」という意識を持っていれば間違った方向には進まないと私は思っています。

[参考記事]
「発達障害の二次障害により自傷行為を繰り返す」

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