この記事は自閉症スペクトラム(高機能自閉症)の息子さんを育てている女性に書いていただきました。言葉の遅れが特に顕著だったそうです。
……..
成長の遅い赤ちゃん時代
自閉症スペクトラム(高機能自閉症)と診断された息子は、とにかく小さい頃から全体的に成長の遅い子でした。赤ちゃんの頃から、首座り、お座り、ハイハイ、歩行開始といった運動面も遅いし、1歳になっても言葉が一切出ていませんでした。言葉の遅れに関しては幼稚園に入る年齢になっても続きました。
高機能自閉症とは、3歳位までに現れ、
1他人との社会的関係の形成の困難さ、
2言葉の発達の遅れ、
3興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害である自閉症のうち、知的発達の遅れを伴わないものをいう。
また、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される文部科学省のサイトより引用
楽観的だった私はそこまで深く考えていませんでしたが、1歳半検診でみんなが歩いたり走ったりしている中、うちの子だけハイハイをしていることにはさすがに焦りを感じ相談。でも、「何とかつかまり立ちをしているので様子見をして大丈夫でしょう」と言われただけでした。
場所見知り?雰囲気過敏?
その頃から他の困り感も出てきます。まず、新しい場所や人が集まる場所に行くと激しく大泣きするということが起きました。今まで行っていた児童館や、用事を足しに行った銀行、未就園児向けのイベントなど、突然大泣きしてその場にいられないほど嫌がってしまい、わけもわからず退散するということが増えました。
毎回泣くわけではなく、大丈夫な時もありましたが、その基準が私にはわからず、大丈夫かな?と思うと泣いたり、無理かもと思っていると大丈夫だったり、わけがわからないとしか言えませんでした。
今考えれば、聴覚過敏のせいかもしれませんが、大した音がなかったところもあったし、同じ場所でもイベントが始まった瞬間にダメという場合もあり、名づけるならば「雰囲気過敏」という感じでしょうか。とにかく「みんなで一緒に何かしましょう」「ここはこうするべき場所です」という雰囲気が苦手だったように思います。
自閉症スペクトラム(高機能自閉症)の子は見通しが立たない環境に過敏に反応する傾向にあるので、息子もそういう性質を持っているのだと思います。本来であれば事前に写真や絵を使って、どういう所に行って、どんなことをするのかを説明すれば少しは違うと思いますが、当時はその知識はありませんでした。
コミュニケーションが難しい日々
2歳前には1人で歩けるようにはなりましたが、言葉の遅れは相変わらずです。息子が何かを指さして「ん」と言い、私が「車だね」などと言ってそれが合っていると満足し、言いたいことと違っているとかんしゃくを起こします。
外を指さされると、車なのか散歩に行きたいのか、窓なのか空なのか太陽なのか、私は頭をフル回転させて代弁しようとしましたが、最後までわからずに泣いて終わったことも多々ありました。自閉症スペクトラム(高機能自閉症)の子はコミュニケーションが得意ではありません。私の息子も例外ではありませんでした。
夫の両親から「言葉が遅いわね」「ちゃんと話しかけてあげてね」「絵本読んであげてね」と会う度に言われたことにとても傷ついたのを覚えています。これでもかというぐらい話しかけていたし、絵本は読もうとしても本人がページをバラバラめくって読めなかったり、拒否されたりといったことが続いて、どうしても落ち着いて読めませんでした。
でも私の読み方がいけないのか、話しかけ方がダメなのかと、ダメな母親の烙印を押された気分で毎日過ごしていました。今から考えると言葉の遅れは高機能自閉症の特徴であって、仕方がない面があったのです。
救いは、息子の笑顔
とても心配したし私自身がダメ出しされているように感じ、しんどい時期ではありましたが、息子本人はかんしゃくを起こす時以外は、わりと笑顔の多い朗らかな子だったのは救いでした。言葉こそ発していないものの、私を見てニコっとして寄ってきますし、私が相手をするとキャハハと笑いますし、何かを見て欲しいときは私を引っ張って連れて行ってくれたり、意思が通じたときの笑顔は最高でした。悩みながらも愛しい存在であったのは確かです。
そのうち「ママ」「パパ」ぐらいは言うようになりますが、あとはいわゆる宇宙語と呼ばれる謎の音の連続をしゃべるようになりました。毎朝「おはよう」と私が言っても、返ってくるのは笑顔だけで何も言いませんでしたが、3歳半のときに初めて私の「おはよう」に「おはよう」と返してくれたとき、うれしくてしばらく息子を抱きしめていたことは、とてもはっきりと記憶しています。家を出ず、宅内で2人きりで過ごすのならば、そこまで大きな問題は感じなかったかもしれません。
幼稚園を検討するが・・
3歳になり、幼稚園を検討する時期にきていました。4月生まれだった息子は体は大きめでしたが、動きはマイナス1歳ぐらいでしたし、言葉の遅れも続いておりほとんどしゃべれず、そればかりか何かの集まりでは大泣きして暴れるので、幼稚園のプレイベントや説明会などの参加も気が重いものでした。でも幼稚園に入れることで良い刺激になるのではないかという希望も持っていて、年少から入れたいと考えました。
意を決して周辺の幼稚園の未就園児向けのイベントへ参加し始めます。が、やはり予想通り泣いてしまうことが多く、周りに迷惑をかけて白い目で見られたり、やんわりと入園を断られたり、プレイベントがある日は毎回私も帰ってから泣いていました。
ある日には余りに腹が立って息子に「そんなんでどうするの、そんなんじゃどこの幼稚園も入れないよ、一生1人で生きていくの?」という言葉を投げつけたこともあります。本人が一番つらかったのに、親からもそんなことを言われて息子はさぞ辛かったでしょう。でも当時の私は追い詰められてそんなことも考えられませんでした。
結局、息子の自閉症スペクトラム(高機能自閉症)に関する行動に対して理解を示してくれた幼稚園が1つあり、息子本人も奇跡的に楽しく遊べたところだったので、ここしかないという思いでその幼稚園に決めました。たくさんの幼稚園から、苦笑いと言葉の端のニュアンスで断られた経験は、子どもを否定されたような辛いものでしたが、そのおかげで良い幼稚園に出会えたので、結果的には良かったと思います。
[参考記事]
「自閉症スペクトラムの特徴とは」