この記事は20代の女性に書いていただきました。
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はじめまして。私は現在20代で専業主婦をしておりますが、今回は自閉症スペクトラム(知的障害を伴わない自閉症=高機能自閉症)と診断され、特別支援学級に通う小学校一年生の娘についてお話ししたいと思います。
■どのような経緯で発達障がいが判明したか
娘はもともと一ヶ月半早く産まれた低出生体重児でした。他の赤ちゃんとは一ヶ月半違うため、幼少時は穏やかな目でゆっくりした発達の娘を見守ってきました。
娘が一歳半頃にようやくカタコトで話しはじめた「まま」や「わんわん」などの単語は二歳頃に一度消失し、何も話せず指差しだけで意思表示をするようになりました(自閉症の特徴として成長が後退することもあります)。この頃から、この子は少し、他の子とは違うのではないか‥と感じはじめます。
何もないことを祈りつつも、不安な気持ちで過ごしていたある日、市で運営している発達支援センターの存在を知り、心理相談に通いはじめます。
■発達支援センターから紹介状をもらい病院へ
一年ほど発達支援センターの心理相談に通っていたましたが、ある日ふと、娘を支配する見えないものの正体がなんなのか、知りたいと思うようになりました。
心理士の先生にお話ししたところ快く紹介状を書いてくださり、病院の小児神経科にて知的障害を伴わない自閉症スペクトラム障害=高機能自閉症という診断名を下されました。
■自閉症との戦い
親からすれば、我が子は目に入れても痛くないほど可愛い存在。けれど私の娘は自閉症スペクトラム障害で、現在に至るまで、可愛いの一言だけではとても言い表せないほどの悲しみ、嘆き、辛い思いもたくさんしてきました。
自分の意思がうまく伝えられず、もどかしさから壁に頭を打ち付ける我が子(自傷行為)。綺麗や汚いの感覚が分からず、オムツの便を手で触り、壁にこすりつけて遊んでいたかと思うと、部屋に置いてあるものをなんでも口に入れて飲み込んでしまう。
出かけた先では車から飛び出し轢かれそうになったり、手足の動かし方がぎこちなく、顔面を怪我することもしょっちゅうでした。普段と違う道を通ったり、初めて行く場所では不安に襲われパニックになって叫んでしまうこともあります。毎日毎日が自閉症特有の症状との戦いでした。
■当たり前のことでも一から教えてあげよう
娘もそうですが、自閉症児には「言わなくても分かるよね」という当たり前のことが分かりません。これを触ったら汚いんだよ、泥遊びをしたら手を洗うんだよ、道路から飛び出したら危ないよ、ネックレスや指輪は食べ物じゃないんだよ、などです。どんなに教えてあげても、なかなか記憶に定着するのは難しく、毎日毎日同じことを言って諭します。
病院の先生や心理士の先生方には大変お世話になり、成長とともに訪れる壁にぶつかった時、どう対応したら良いのかをひとつひとつ教えていただいています。言葉では伝わらないことでも、絵や写真を見せることで伝わりやすくなることもあります。
■子育ての大変さはみんな同じ
娘は高機能自閉症ですが、日々成長し、発達障害があったからこそ向き合えた部分もたくさんあります。子育ては誰にとっても大変で、けれどその大変さや辛いことを乗り越えた先に可愛い我が子の笑顔があることを知っているから踏ん張れます。
どうして我が子に発達障害が‥と思ったことはありません。苦労はたくさんありましたが、自閉症という障害を含めて私の娘なんだと思ったとき、娘の存在をまるまる認めてあげられたように思います。
■それでも家族にしか分からない辛さもある
人は一人では生きて行かれないのと同様に、子どもも一人では成長することができません。発達障害のある子どもと向き合うのが難しいと感じられるほど自分を追い詰めてしまわないように、お母さんやお父さんも自分を甘やかしてあげることが必要だと思います。
■発達障がい児を支援する場はどこにでも
お母さん一人で育児の大変さを背追い込まず、発達支援センターや療育施設をたくさん利用しましょう。そこには、話を聞いてくれる人たちがたくさんいます。いろいろなサポートを受け、一人で抱え込まずにみんなで子どもの成長を見守りましょう。