私がADHDという言葉を知ったのは高校生の時です。片づけられない女性について、テレビの特集で紹介されていたのがきっかけです。それ以降、もしかしたらそうかもしれないという疑問を抱えながら数々のトラブルを経て、10年ほど経った今年の初め、正式な診断を受けました。
正直な所、複雑な心境です。家族を含め、周囲の誰一人として打ち明けていません。誰かと顔を合わせたり連絡を取る度、不安な気持ちになります。その中でも生活をしていかなければならない、その為に自分の対処法を知る必要があるというのが現状です。
提出物を出さない
診断を受けて自分の行動を振り返った時、最初に気になったのは提出物でした。遡れば小学校低学年から。母親がランドセルの中身を毎日チェックしなくなった時点からです。
とにかく出さない。PTAのお知らせも、書類も、連絡ノートも。もちろん宿題や、食べ切れなくて持ち帰ったパン、習い事の集金袋も出しませんし、当然何度も怒られますがそれでも出さない。しまいにはランドセルだけではなく、学校の引き出しの奥にも「出さない塊」が圧縮されていました。
提出物を出さないことにこだわりがあった訳ではなく、「後で出せばいい」という先延ばしからの「そんなのあったっけ?」という物忘れに変化していくのです。
中学生以降も出さない
小学生を過ぎ、中学生以降になると成績にも関与してきます。テストで80点以上を取っても、提出物が殆どされていないので成績は悪いということが何度かありました。
受験の申込書は期日当日になってから出す、或は郵便局の夜間受付にお願いして速達で出しました。大学では履修届の提出期限が過ぎて危うく留年という事態になり、提出物がメインの講義では単位を落としました。
一人暮らしを始めてからも、公共料金の支払いを期日内に払わないといったことがほぼ毎月起きていました。仕事では期日を守らないことがしばしばあり、家に帰った後に連絡を受けて職場へ戻り提出することもありました。
ADHDの特徴に物忘れがありますが、私もその傾向があります。覚えておける量が少ないので、とにかく片端から色んなことを忘れていくのです。怒られたことも大変だったことも感覚として薄れていくので、本気で対処法に取り組むこともせず何度も繰り返しました。
提出しないとどうなるのか
社会人になってから感じたのは、自身の評価が簡単に落ちるということです。どれだけ結果を出しても、期日を守らない人間は信用されません。
影響はそれだけに留まらず、スケジュールの管理にまで及びました。間に合わないとなると、決まっていた期日を動かさなければなりません。そうなると、必然的に殆どの予定が前後することになるのです。
ただでさえ予定・タスク管理が苦手な私はパニックを起こし、その結果、仕事の順序立てができず、冷静な判断もできないまま手当たり次第に取り組むといった有様でした。何度も先輩や同僚が手を差し伸べてくれましたが、大変な迷惑だったと思います。
きっかけは督促状
ある時、税務署から督促状が届きました。税金の支払いをしていなかったのです。いくら何でもこれはまずいと思い、早々に支払いを済ませた後、ついでに家中の提出物を集めました。書類だけで500mlのペットボトルと同じ高さに積みあがったのを見て、思わず絶句したのを覚えています。その半分ほどは見覚えがありませんでした。
次の日、文具店へ買い物に行きました。カレンダーと手帳を買う為です。期日を書き込むことで認識し、更に目に見える場所にあれば、忘れることも無く先延ばしも防げると思ったからです。しかし徐々に書き込まなくなり、2か月経つころには両方とも部屋のオブジェになりました。そして再び税務署から督促状が届きました。
トライ&エラーを経て
何とかしなければと頭を抱えていた時、知り合いの家の冷蔵庫に貼られたホワイトボードを見て「これだ!」と思いました。再び文具店へ向かい、今度は小さめのホワイトボードを購入しました。
最初は予定を書き込んでいましたが、やっぱり続きません。ただ、マグネットに期日付の書類などを挟んで貼っておくと、意外とアピールできることに気づきました。空いたスペースに一言か二言を書き込むこともできるので、いつまでに・どこへということも把握できるようになりました。私にはこの方法が合っているようで、それ以降督促状も届いていませんし、期日も大方守れるようになりました。
まとめ
自分に合った対処法を探すのは容易でないと痛感する毎日です。それでも、めげずに試行錯誤を重ねていこうと思います。自分に合った方法を見つけることで、症状との付き合い方や生活が変化するので、適応しやすい環境が作れると思うからです。
その為にも、もっとADHD同士で意見交換できる場や、サポートして下さる方々の話を伺えるような機会が増えてくれればと思います。