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ADHDの息子が低下した自己肯定感を取り戻すまで

 

 この記事は小学2年生の息子さん(ADHD)を育てている母親に書いていただきました。今回はADHDの性質により低下していた自己肯定感をどのように取り戻して行ったのかのインタビュー記事です。

「ADHDと診断される前の気持ちを小学2年生の息子に聞いた」の続きの記事になります。

……………….

 母親である私と、小学2年生の息子本人のADHDに対する認識不足によって、自己肯定感が大きく低下してしまっていた状態の息子(以下、H)。そんな彼は、専門医の受診をきっかけにして徐々に自分に対する自信(自己肯定感)を取り戻していきました。そのターニングポイントになったものや、当時と今の心境、自己認識の変化の過程について話を掘り下げていきます。

―お母さん(以下、私)に「病院に行ってみない?」って言われたときはどう思った?

「怖かったし、ヤだった。おれは病気なのかな?手術して死んじゃうのかなって思って怖かった。」

―じゃあ、どうして行ってみようって思えるようになった?

「お母さんがさ、いろいろ説明してくれたじゃん(※脳の働きやADHDの仕組みなどを絵を書きながらわかりやすく説明しました。病気ではないことを強調することに気を付けながら行いました)。それがわかりやすかったから。手術しないってわかって、大丈夫かなって思えた。」

―でも実際は当日結構こわかった?

「病院が怖かった。救急車が来たし。やっぱり手術されちゃうのかな?とか、入院するのかな?とか、死んじゃうのかな?とか。」
※Hが受診したのは、精神病院のなかにある発達外来でした。当日はたまたま急変した患者が救急搬送されてきた場面に遭遇。暴れる患者と数人で押さえつける職員。それにパトカーと警察官の姿もあり、Hはかなり動揺していました。

―あの日はびっくりしたよね。正直言って、私もかなり驚いたし。とりあえずHを落ち着かせなければって、内心はかなり焦ったよ。

「おれもああなっちゃう(※救急搬送されてきた患者さんのこと)のかもしれないって、すごく怖かった。もうお母さんに会えなくなるんだって思った。」

―診察室で先生に会ってどう思った?検査の時とか。

「〇〇先生(※Hの担当医)が面白くて優しかったからほっとした。検査の先生(※臨床心理士)も優しかったから大丈夫だった。検査は面白かったし。またやりたい。」

―結果を聞くまでに時間がかかったけど(※再診は1か月後でした)その間はどんな気持ちだった?

「その間にさ、お母さんが色々やってくれたじゃん。それがうれしかったんだよ。」

―色々って?

「スタンプ表(※トークン表)作ってくれたり、本で俺のADHDのこと勉強してくれたり、お片付けの方法を一緒に考えてくれたりとか。」
※詳しくは「医師から教えてもらった不注意優勢型ADHDのための療育」

―そうだね。色々やったね。一緒に考えてるときは私は結構楽しかったんだけど、Hはどうだった?

「おれも楽しかった。お母さんと話してると、いろんなこと(※解決策)が分かってきて、魔法みたいだった。おれはダメじゃないのかもって思った。」

―そっか。力になれたなら光栄です。

「検査の結果が出たじゃん。それで自信がついた!」

―検査結果を聞いて、能力が高いって先生に褒められたから?

「そう。おれは馬鹿じゃなかったんだって分かってうれしかった。もしかしたら獣医さんにもなれるかもって。」

―Hは動物園で働きたいんだもんね。きっとなれるよ。

「あとね、お母さんが謝ってくれたのがうれしかった。」

―それはね、今でも思うよ。もっとADHDに早くに気が付いてあげられていたらなって。いっぱい傷つけちゃって申し訳なかったなって。ひとりぼっちで辛かっただろうなって。本当にごめんね。

「それはもういいよ。お母さんが『一緒に考えようね』って言ってくれたのが一番安心した。困ったらお母さんに相談すれば大丈夫だって。」

―心強くなった?

「たしかに。お母さんはさ、忘れっぽいけど、色々考えるのは得意じゃん。だから、一緒に話すとだんだん答えが分かってくるから不思議。」

―それは、話すことでH自身が自分の頭で考えてるんだよ。私はそれをちょっとだけお手伝いしてるだけ。

「そっか。おれはやっぱり馬鹿じゃなかったんだ。あ~よかった。」

―実際に、毎日の暮らしの中で色々工夫していったじゃない?成果としてはどんな感じ?

「まずはさ、時間が増えたのがなによりかな。前まではさ、一生懸命やってるのに、気が付いたら寝る時間になってたけど。今はゲームしたりゆっくりしたりする時間があるじゃん。それがよかった。」

―そうだねぇ。学校の生活パターンに慣れてきたのもあるかもだけど、前と比べると、自分で考えて行動できるようになってきたよね。

「スタンプ表(※トークン表)やるようになって、自分の苦手が分かってきたからね。おれはコレが苦手だから気を付けようってわかるようになったから。」

―あの表は効果が大きかったよね。〇〇先生もすごく褒めてくれたしね。

「工夫するとおれでもできることがいっぱいあるってすごくない?まだ小2なのに。」

―そうだね(笑)。でも、本当にそう思うよ。自分で考えて工夫することが増えたよね。

「おれはさ、色々忘れちゃうじゃん。でもそれはもうしょうがないじゃん。だから、忘れても思い出せるようにすればいいんだって分かった(※メモするなど)。やり方(※解決策)があるから、上手くいかなくても諦めないで頑張ってみようって考えられるようになった。」

―それが「昔の優しい気持ち」?

「うん。とげとげしたのがなくなってきたのが自分でも感じられるようになってきてね。そうすると、自然にいろんな人に優しい気持ちになれるようになってきたの。だからおれは、昔の自分が戻ってきてくれてよかったってほっとしてる。とげとげしてるのは本当にやだった。」

―でもさ、確かに昔よりはできるようになったけど、まだまだお互いに上手くいかないことも結構あるじゃん?それでも今は一時みたいに自分が嫌になったり、自分は馬鹿だって思ったりはしない?

「うん!それは全然ない。おれが苦手なことで、他の子が得意なことがあるじゃん?でも、他の子が苦手でおれが得意なこともあるから。顔とかがみんな違うのと同じだからさ。『みんな違ってみんないい』んだよ(※保育園時に金子みすゞの詩の朗読があったのでおぼえています)。みんな同じだったらさ、それはロボットじゃんね。だから、おれはおれでいいんだよ。」

 自己肯定感がここまで回復しましたが、現在でも、息子も私も手探りで試行錯誤を繰り返す場面は決して少なくありません。時にはケンカになることだってあります。しかし、私たち親子はADHDであることをそのまま受け入れ、ADHDであることを前提に話し合い、解決策を模索できるようになりました。

 私たち親子の例がすべてのケースに当てはまるとは思いません。とかく親は発達障害であると診断されると、今後の生活や子供の将来に目を向けがちになってしまいます。ですがその前に、診断前に多くの誤解によって傷つき自己肯定感が低下している子供の心を回復させる必要があります。子供本人の気持ちが置いてきぼりにならないように私たち親は、もっと過去の子供の気持ちを知ることが必要なのではないかと思います。

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