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発達障害の二次障害で統合失調症になり入院

 

この記事は発達障害のお子さんを育てている親御さんい書いていただきました。二次障害に気づかず、統合失調症にさせてしまったことを大変後悔しています。
※二次障害とは発達障害に対して何も対応をしてこなかった結果生じる二次的な症状です。例えば鬱、自傷行為、暴力行為など。

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発達障害を見逃した可能性

 現在高校生の娘は、就学前検診で言葉の発音について問題視され、原因不明の「構音障害」と診断されました。診断後、「ことばと情緒の教室」に通い、訓練を週に2回行いました。その情緒の教室で「自閉・発達障害傾向は問題ない」と言われたことで、言葉だけの問題だと思い、そのまま「ことばと情緒の教室」と同敷地内にある小学校に入学しました。

 小学校低学年では大人しい子どもで、学校で問題を起こすこともありませんでしたが、友達と全く遊ばず、毎日家に帰ってきて一人遊びをしていました。学校でも他の子とあまり関わろうとしないことが唯一の気がかりな点でした。

 その後小学校4年の頃、私の仕事の関係で他県に引越しました。その転校先でも大人しく、他の子どもに嫌われはしないのですが、やはり人とほぼ絡まず一人でいることを好みました。

発達障害の「二次障害」の始まり

 転校して5年生になり、相変わらず大人しくかつ毎日一人で過ごしていましたが、娘のクラスで担任と生徒の間で亀裂が生じ学級崩壊を起こしました。先生は崩壊した学級を立て直すために押さえつける形で学級運営を行い、クラスで誰も反発をしないよう暴言・放言を繰り返しぐちゃぐちゃになりました。

 娘はその学校生活がストレスになったようで、秋頃から「登校時に人に笑われる」と言い始め(実際にそんな事実はありません)、精神的に混乱をきたし始めました。不安になり児童精神科で診察してもらって出た診断名は「統合失調症の疑い」。衝撃でした。10歳の子どもが統合失調症になると考えたこともなく、ただ茫然とするしかありませんでした。

 しかしあくまで「疑い」で、子どもの脳は成長途上のため確定診断はできないとのことで、幻聴・幻覚を抑える薬の投薬が始まりました。この時には「統合失調症の疑い」が発達障害の二次障害とは分かっていませんでした。

 投薬開始後まもなく、担任からひどい暴言をされた娘は学校に行けなくなり、不登校の状態になりました。

入院治療、発達障害と二次障害の診断

 小学校の6年生の時はほぼ学校に行けない状態が続き、そのまま卒業、中学校に上がりました。しかし病状は悪化の一途をたどり、自傷行為なども加わり始め、命の危険の回避の為に国立病院へ転院し入院となりました。この時まだ12歳でした。国立病院は閉鎖病棟で入院生活は約1年に及びました。

 幻聴・幻覚は相変わらずでしたが、先生も私も恐れていた「人格の崩壊」と「コミュニケーションの失調」は全く見られませんでした。薬の調整で急性の症状も治まり、安定したため中学2年に上がる前に退院しました。

 その後は再入院することもなく、学校も不登校から相談室登校を少しずつできるようになりました。月に1度通院・投薬治療を続け、中学3年になってからは幻聴・幻覚共に消えていきました。

 そんなある診察の時、先生に改めて私一人が面談を求められ、娘の生育に関して詳しく説明するよう言われました。今まで話していた家族との関係や学校での状態等の側面ではなく、「小さい頃娘がどんな事をして遊んでいたか」「興味を持ったのはどんなことか」「どんなことができてどんなことが苦手だったか」といった細かいことでした。

 言い訳になりますが、私は娘が小さい頃に離婚をして娘と2人暮らしで、毎日仕事と家事等に追われた生活を送っており、正直2人で家にいる際の娘の細かいところまで見ていませんでした。言葉が他の子より少し遅かったり、運動が少し苦手などありましたが、人それぞれだと気にもせず人と比較もせず育ててきました。好きになった事にとことん執着することも、私自身の子どもの頃と全く同じだったため「遺伝だなぁ」と軽く考えていました。

 そして先生に言われたことは次のようなことでした。「おそらく、〇〇ちゃんには軽度の発達障害があります。統合失調症と思われる症状はその二次障害で、本当は統合失調症ではないのでは、と自分は思っています。統合失調症であれば、年数経過から既に人格の崩壊が始まっているはずですが意思疎通ができないと思ったこともないですし、他の原因が考えられます。」

 統合失調症の疑いと言われた時以上の衝撃で何も考えられませんでした。この話以降、統合失調症治療の薬の投薬は中止されました。ここで二次障害だと診断されていなければ今も統合失調症のまま投薬をされていたことでしょう。

ペースに合った生活と安定

 間違いなく私が母親として発達障害を疑うことなく放置し育てた結果の今です。もし発達障害をもっと知っていれば、気にしていれば、二次障害により入院することもなく、違う人生を娘に送らせてあげられたに違いないと思っています。

 しかし娘は私を責める事がありません。統合失調症の疑いを10歳で受け入れ治療してきた娘は、発達障害も普通に受け入れました。自分は他の人とはちょっと違うんだなと言います。でも「私は自分を好き。普通になりたいけど、普通じゃないから普通に見えるように頑張る」とも言っています。

 ほとんど学校に行かなかった娘は昨年全日制高校に行きたいと入学しましたが、人の多さや騒々しさに耐えきれず、今年通信制高校に転学しました。勉強は好きらしく、毎日ネットで授業を見て、テストを受け、レポートを書いています。大学進学も考えていて、娘なりの高校生活を謳歌しています。一人で買い物に外出し、普通に学校に通う子どもと同じようには生活していませんが元気に生活しています。

 今の一番の問題は物忘れが酷いことです。すぐに物をどこに置いたか忘れたり、記憶が飛びます。これが不注意によるものか、薬の副作用の影響か、人格障害など別の二次障害によるものなのかは、先生がもう少し時間をかけて判断するとのことで薬は飲んでいません。

 この先どのような人生を進んでいくか、まだまだ五里霧中ですが、娘のペースで安定した生活を送っていける大人になれるように、小さい頃してあげれなかった分もきちんとフォローをしていきたいと思っています。

[参考記事]
「発達障害の「二次障害」とは何か。放置すると大変なことに」

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