この記事は30代の男性に書いていただきました。
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私は30代の男性です。自閉症スペクトラム障害のアスペルガー症候群と診断を受けています。今回は私と妻との夫婦関係について書いていきます。
6年前に今の妻と結婚しました。結婚当初はお互い楽しく毎日を過ごしていました。いつも一緒に出掛け、旅行にも行き、見かけは普通の新婚さんだったと思います。
結婚の翌年、妻が妊娠しましたが死産してしまいました。その時の私の言動を見て妻は疑問に思ったそうです。こんなに辛い事があったのに冷静すぎる自分に。
自分ではしっかりしなきゃと思い、できる限りのことをやったつもりでした。しかし一般の人の「普通」とは違っていたのでしょう。
発達障害の診断
死産をした翌年、妻が私の発達障害を疑い、病院へ行くことを勧めてきました。言われたがままに予約をしましたが、自分が障害だとは少しも思っていませんでした。ですので妻の機嫌取りのつもりで受診しました。
しかし、結果は、自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断されました。
それから私は色々な資料を取り寄せ、発達障害について学びました。発達障害の特性を読むと確かに当てはまる項目が多数あり、自分のことを少し客観的に見れるようになりました。
その後、病院のグループワークにも参加し学びましたが、当然すぐには改善できないので、妻との関係も悪化したままです。
私の発達障害による主な特性はいわゆる「空気が読めないこと」です。これは人間関係を形成するうえ大きな障害になります。この性質のせいで親を含めた人間関係が築けず、怒られてばかりいました。そのことを回避するため、私の性質は次のように変わっていきました。
①
何で怒っているのか分からないので、
・偽ってでも良く見せたい
・悪い事(自分にとって都合が悪い事)は隠す、嘘をつく
・常に相手の顔色を伺ってしまう
という性質が身に付きました。ADHDの性質のため人の話を聞いて覚えることが難しいのですが、忘れると知ったかぶりをしてしまうのです(忘れた事を怒られるのが嫌だから)。
妻もこの事に気付き、『嘘をつかないで!』『はっきり言いたいことは言って!』と怒られます。そこで、『感謝』の気持ちを伝えますが、いつも『うわべだけの感謝』と言われます。相手の気持ちが分からないのですから(想像できない)、当たり前といえば当たり前です。
②先ほどの事と関連しますが、相手に指摘される事はすごく苦手です。些細なことでも『全否定』されたような気分になるのです。ですので、相手に頼る事をしないで、1人で考えて1人で処理してしまう癖がつきました。
そして失敗をした際にはそれを隠します。
上記の癖がいつも無意識に出てしまい、毎回喧嘩が絶えません。そして会話がギクシャクしてしまいます。徐々に妻にきつく当たられることが増えてきました。今までなんもなくやってきたことに対してダメ出しの連続。それを主治医に相談すると「これは発達特有の特性だから仕方がない」と言われ落ち込ました。今まで「普通」だったことが「異常」になってしまったのです。
カサンドラ
妻はとうとうカサンドラになりました。カサンドラは発達障害当事者の配偶者が、肉体的、精神的に病んでしまう事。妻は鬱になってしまったのです。
妻は克服しようと何回かカサンドラの自助グループへ参加したりはしましたが、逆に重くなりダメでした。
段々と妻の様子がおかしくなって来て、些細な事でも大騒ぎで怒り出すようになりました。例えばマイカーで出かけた旅行では初日の昼食を選ぶ事で喧嘩して、車の中で暴れたり気が狂ったように暴言を吐いたりされ、せっかくの旅行なのに雰囲気悪く過ごす羽目に。
私もこんな生活が続き、鬱になりました。躁鬱と診断され投薬の毎日です。夫婦お互いが辛い毎日を過ごしました。夫婦関係は崩壊の寸前でした。
離婚
そして、遂に妻から出た言葉が『離婚』。発達障害の夫婦の80パーセントが、離婚してしまうと主治医に言われていたが、まさか自分もとは…
発達障害の自助グループにも足を運び必至に、なんとかしようと自分なりには頑張ってきたつもりだが…『離婚』という言葉は自分を全否定された気持ちでした。
その後、親族を交えて話し合った結果、妻は「鬱」の治療に専念する。私は発達障害の特性を少しでも意識し「0を3に変える」ように努力するとともに、週末私は実家へ帰る日々が続きました。
現在はお互い鬱も軽くなり、一緒に生活を再開して、「知り合った当時をもう一度」と目標を定めて二人精進しています。
[参考記事]
「アスペルガー症候群が原因で離婚。きっかけは妊娠と出産」
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