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知的障害と発達障害を持つ人の恋愛、就職、勉強、一人暮らし

この記事は前田様に書いていただきました。

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 発達障害と軽度知的障害とを負って生まれ、二次障害の治療に使われた向精神薬の副作用によって身体にも重い障害を遺した車椅子のライター、前田穂花です。

 このところ、私自身のTwitterやblogに「前田の書く記事には救いがない」と特に発達障害児を持つご家族からご意見やご批判を頂戴します。ですので、たまには志向を変えて「発達障害を負っていても自分らしく生きられている」実例をご本人やご家族への取材等を通じてご紹介させていただきます。

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ユリちゃんの学校での様子

 ユリちゃん(仮名)は現在三十代の女性です。幼い頃からユリちゃんの呈する発達の遅れを、特に教員をされておられるお母様は気づいておられたとのお話でした。

 ユリちゃんが周囲に期待されて生まれたひとり娘であること、ご主人(つまりユリちゃんのお父さん)やご両親(ユリちゃんの祖父母)がご本人の障害を頑なに認めないスタンスであったことから、ユリちゃんはいわゆるスパルタ教育を施され、小学校も地元の教育委員会に掛け合って普通級に入学、中学校もそのまま定型発達の同級生と学ぶこととなりました。

 しかし、幼児期から自閉的な傾向に併せて、知的な遅れも如実に表していたユリちゃんは、小学校入学とほぼ同時に授業がついていけなくなったとのこと。ついていけないユリちゃんを、時に担任教諭は「オマエは生きていても仕方ない奴」などと繰り返し詰った(なじった)と、のちにそう彼女が直接私に話してくれました。

 ただ担任のイジメのターゲットにされるだけの学校生活には、一切の魅力も感じることもできないまま、不登校の状態のまま義務教育を終えました。

国立療養所での勉強

 国立療養所で私がはじめて彼女と出会った時、彼女は十七歳でした。精神的に不安定で、発達障害の二次障害によるパニックをしばしば起こすユリちゃんではありましたが、パニック発作を起こしていない時の彼女は本当に人懐こくて、どちらかというとお母さんのほうに世代的に近い私を「おねP」と呼んでハグするのを好んでいました。

 「自分はバカだから」と口癖のように繰り返すユリちゃんでしたが、勉強したいという意欲はかなり持っていました。教員免許を有する大学院卒の入院患者さんが中心となって、夕食後から相当時間まで「ユリちゃんのお勉強タイム」が持たれるようになりました。

 障害の有無に関わらず、誰しも学びたい意欲はあり、自発的に勉強してこれまでできなかったことを一つひとつクリアしていくことは、これまで学校で疎外された経験しかなかったユリちゃんには大きな喜びのようでした。

 教材は時には小学生用のドリルのこともありました。「小学生用の問題集じゃユリちゃんのプライドが傷つくかな」と患者有志一同が心配したのもほんの杞憂でした。「わからないことをきちんと理解した方が先に進める、急がば回れだよ」という周囲の励ましに、ユリちゃんも真摯に応えて努力し続けていました。

 主要科目だけではなく音楽も教えていました。「楽譜は読めない」と訴えるユリちゃんに、病棟のヘルパーさんがハ長調での読譜の基礎を教示し、彼女が理解できない部分についてはCDを持ち込んで模範演奏を聴かせる試みを続けました。もともと耳コピであればかなりの難易度の高い曲でもピアノを弾けたユリちゃんは、成人式も近くなるころには、模範演奏の耳コピながらほぼ完璧にショパンを弾いていました。

 「勉強は余りできないかも知れない、でもピアノだったら他の人には負けない」。元来が人懐こくポジティブなユリちゃんは、「ピアノが本当に上手だよね」と得意なことを周囲に褒められることによって、ぐっと安定を見せるようになりました。

ユリちゃん、就職決まる

 そんなユリちゃんの頑張りが実を結んで、「高校進学は普通高校以外認めない」と頑なだったお父さんも、おとなになっていく娘の変化をうまく受け容れ、ユリちゃんの希望を第一優先に、自閉的傾向の強い知的障害児の受入を積極的に実施している、ある特別支援学校の高等部への進学の話がまとまりました。

 それまで家庭と精神科病院の暮らししか体験してこなかったユリちゃんは、高校進学によって人生はじめての寮生活を経験することとなりました。結論としてはこの寮生活がその後の彼女の社会復帰の礎となりました。

 二十三歳の時、ユリちゃんは「誰かのために役立つ仕事がしたい」といって、「ホームヘルパー3級」の資格を見事取得しました。ホームヘルパーの制度が変わり、生活支援のみならず利用者の身体介助までも含む「ヘルパー2級」以上の資格がなければ福祉の仕事には従事できなくなってしまったため、ユリちゃんの介護職就職への夢は実現はしませんでした。

 しかし、本当に努力家なユリちゃんに対し「はじめはトライアル就労で」と申し出てくれる企業が幾つか現れました。その中のひとつ、障害者グループホームの事業所に、ユリちゃんは「庶務補助」ということで障害者雇用制度を活用し入社することができました。

 会社では掃除やお客様へのお茶出しなどのお手伝い、郵便物の仕分けやシュレッター処理など、少しずつですがユリちゃんの仕事の守備範囲は広がっていきました。

 入社当初こそ「トライアル就労」という身分でしたが半年後は他の方と同じ時給を保障されるアルバイトの身分になり、社会保険や福利厚生なども一般の方と同じ条件が適応されることに。入社4年目には契約社員に昇格し、もうすぐユリちゃんは今の事業所に就職して丸8年となります。

 職場で困ってしまった場合には、ユリちゃんの相談を受けたジョブコーチが、職場との調整を図ってくれるそうです。また、定期的にジョブコーチがユリちゃんを雇用する事業所を訪問し、彼女の上司ときちんと連絡交換を続けてくださっていて、そういう配慮に支えられて彼女の日々の仕事は長く続いているのだそうです。

 また、ユリちゃんを支援している行政の就労支援機関では、月に一回程度同じような障害特性のある当事者を集めての懇親会も持っていて、懇親会で仲間に触れることも就労意欲の維持に繋がるとユリちゃん。

 会社でもすっかり「ベテラン」となったユリちゃんは、障害者雇用制度を活用した就職はとにかく定着率が悪い、というこれまでの概念を打ち破り、来春正社員登用が決まった旨の手紙を、過日彼女からのプレゼントとともに私は受け取りました。

一人暮らしへの準備

 併せて、ユリちゃんは理解ある大家さんからアパートを借りてひとり暮らしを始めるという報告も頂戴しました。現在、ユリちゃんはグループホームの「お母さん(管理人)」と、春からのひとり暮らしに向けてスキルを磨いています。目下家計の維持として、出納帳に手書きで記載する方法とExcelを活用した方法と両方で家計簿の練習。

 そして日々の調理の練習。最低限ご飯を炊くこととお味噌汁を作ることは完璧にマスターできたので、あとはお惣菜でも当座は凌げるよね、と管理人の「お母さん」。今のところ「お母さん」やヘルパーさんがいない時には絶対揚げ物をしない、という約束が課せられていて、今後一生懸命練習したいと手紙に綴られてありました。

ユリちゃんの恋愛

 三十歳を過ぎた大人の女性でもあるユリちゃんには、好きな男性が現れました。同じ職場で知り合った障害者雇用の先輩だそうです。現状は彼とふたりきりになるシチュエーションはないとの話ですが、自身のアパートに引越した後は、男女である以上一線を超えてしまう可能性も当然想定内であることから、避妊の知識や性被害から身を守るための「性教育」を、地域の保険師さんが担当、ユリちゃんに対して指導をされています。

 シリアスですが…障害者同士で結婚して子どもを産み育てることは本当に大変であり、赤ちゃんは要らないから捨てる、というわけにはいかない以上、セックスするのは大人の責任ある交際上自由だけれども、そのためには避妊をはじめきちんと責任を果たさなければいけないというお話を、彼も同席の上保険師さんに学んでいるとのことです。

 コンドームの着け方の実際についても実地での指導があり「本当のお母さんともこんなことを話したことがない、恥ずかしかったよ」とユリちゃんからこっそり聞きました。

まとめ

 以上のユリちゃんの話はたまたまうまく事が進んだケースなのかも知れません。しかし、ユリちゃんの例は知的障害の色を強く出した発達障害者であっても、適切な支援や助言次第で本人らしい地域生活、さらには職業生活も実現可能だという希望も感じられる事例だと思います。

 ひとり暮らしが実現したら、自分用のパソコンを手に入れてOutlookや各種のSNSを試したい。そのためにネットリテラシーもわかるように誰かに教えて欲しい、それが目下の彼女の希望だそうです。

 かつて発達障害を含む精神障害者や知的障害者が、パソコンを操って作業をしたりネットに繋がったり…みたいな話は想定外でした。しかし、今や子どもの時から各種のIT機器に囲まれて、ゲームで育った若い世代であれば、ユリちゃんのような希望も当たり前であり、だからこそ悪質なトラブルに巻き込まれないためのリテラシー教育は必須かもしれません。

 ピンクの便箋にびっしり綴られたユリちゃんの未来の夢を読みながら、発達障害当事者として生きていた私自身が次の世代にバトンタッチできる「希望」そして「社会的責任」とはいったいなんだろう、そう想いを馳せています。

[参考記事]
「セックスフレンドであるアスペルガー症候群の男性の話」

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