発達障害(Neurodevelopmental Disorders)とは、神経発達の過程で生じる脳機能の異常に起因する障害であり、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などが含まれます。これらの障害の原因や病態は多岐にわたりますが、近年の脳画像研究や神経科学の進展により、発達障害のある人の脳は構造的に健常者と異なる特徴を持つことが明らかになってきました。
本稿では、主にMRI(磁気共鳴画像法)などの脳画像研究を中心としたエビデンスを紹介し、発達障害の人に見られる脳構造の変化について論じます。
1. 自閉スペクトラム症(ASD)の脳構造的変化
自閉スペクトラム症の脳構造研究では、幼少期から脳の過成長が報告されています。Courchesneら(2003)の研究では、ASDのある子どもたちは生後2歳頃までに急速な脳の成長を示し、特に前頭葉や側頭葉において過剰な増大が見られるとされました。このような脳の過成長は、社会的認知や言語機能を担う部位に影響を与える可能性があります。
また、神経結合性の観点からは、ASDの人は長距離の神経ネットワークの接続が弱く、逆に短距離の接続が過剰であるという「局所過結合・長距離低結合仮説(local overconnectivity and long-range underconnectivity hypothesis)」が提唱されています(Just et al., 2004)。この仮説は、感覚過敏や社会的コミュニケーションの困難など、ASDの特徴的な行動との関連を説明する一つの理論的枠組みです。
さらに、扁桃体(情動の処理に関わる)や小脳、島皮質(自己意識や情動の共感に関与)などの体積変化も報告されており、ASDに特有の情動や共感の困難性との関連が示唆されています。
2. 注意欠如・多動症(ADHD)の脳構造的変化
ADHDにおける脳構造の変化についても多数の研究があります。最も一貫した所見は、前頭前野(特に右前頭前野)と線条体(被殻・尾状核)の容積減少です(Castellanos et al., 2002)。これらの領域は注意の制御や行動の抑制、ワーキングメモリに関与しており、その機能低下がADHDの症状と関連すると考えられています。
また、2017年に発表された大規模なメタアナリシス研究(Hoogman et al., The Lancet Psychiatry)では、ADHDの人は脳全体の体積が有意に小さく、特に海馬、尾状核、扁桃体、前脳基底部など複数の領域で構造的な違いがあることが確認されました。これらの変化は発達に伴って軽減する傾向があるものの、青年期以降も一部残存することが知られています。
さらに、ADHDの脳では前頭皮質と小脳の接続性が低下しており、これは「注意ネットワーク」の機能不全と一致します。脳白質の構造にも異常がみられ、神経伝達の効率に影響を及ぼしている可能性があります。
3. 学習障害(LD)の脳構造的変化
学習障害の中でも、特に読字障害(ディスレクシア)における脳構造研究が進んでいます。読字障害のある人は、左側の側頭葉や頭頂葉において灰白質の体積が少ないことが報告されています(Shaywitz et al., 2002)。これらの領域は音韻処理や文字と音の統合に関与しており、読解能力に直結する重要な部分です。
また、fMRI(機能的MRI)研究では、健常児が文字を読むと活性化する左側頭後部の活動がディスレクシア児では低下していることが分かっています。一方、補償的に右脳の同部位が活性化することもあり、神経可塑性により一部の機能が代償されている可能性があります。
さらに、白質の異常、特に視覚―言語間の連絡路である弓状束の構造的異常が見られることも報告されており、読字困難の神経基盤として注目されています。
4. 共通点と今後の課題
上記のように、発達障害ごとに異なる脳構造の変化が報告されていますが、共通点も存在します。特に前頭葉、小脳、扁桃体など「自己制御」や「情動処理」に関わる領域の異常は、多くの発達障害に共通して観察されます。これは、これらの障害が「連続体(spectrum)」として重なり合っているという見方を支持します。
また、神経発達の過程は個体差が大きく、診断群間の違いよりも個人内変動の方が大きい場合もあります。今後の研究では、MRIだけでなく、遺伝子解析、神経伝達物質の評価、行動評価との統合が必要です。特に、早期診断や個別化された介入法の開発には、多面的なアプローチが求められます。
5. 結論
発達障害の人々の脳は、健常者とは構造的に異なる特徴を有していることが、多数の神経科学的研究によって示されています。ASDでは脳の過成長や神経結合性の異常、ADHDでは前頭葉や線条体の容積減少とネットワーク機能低下、LDでは音韻処理に関わる領域の灰白質減少などが観察されています。
これらの脳構造的変化は、各障害の認知・行動特性と深く関係しており、理解と支援の基盤となる重要な知見です。今後は、個別化医療を目指した脳画像バイオマーカーの研究や、神経発達に関わる多因子の統合的理解が必要とされます。
参考文献
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Courchesne, E. et al. (2003). Evidence of brain overgrowth in the first year of life in autism. JAMA.
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Just, M. A. et al. (2004). Cortical activation and synchronization during sentence comprehension in high-functioning autism. Brain.
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Castellanos, F. X. et al. (2002). Developmental trajectories of brain volume abnormalities in children and adolescents with ADHD. JAMA.
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Hoogman, M. et al. (2017). Subcortical brain volume differences in participants with ADHD across the lifespan. The Lancet Psychiatry.
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Shaywitz, S. E. et al. (2002). Disruption of posterior brain systems for reading in children with developmental dyslexia. Biological Psychiatry.
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