はじめに
現代社会において、発達障害に対する理解や支援体制は少しずつ進んでいるものの、依然として十分とは言えない。発達障害のある人々は、周囲とのコミュニケーションや社会的な適応に困難を抱えやすく、その特性ゆえにさまざまなリスクに直面している。その中でも特に深刻なのが、犯罪に巻き込まれるリスクである。本稿では、発達障害を持つ人々が犯罪に巻き込まれやすい背景、具体的な事例、そしてその予防や支援のあり方について論じる。
発達障害の概要
発達障害とは、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などの神経発達に関わる障害を総称したものである。これらの障害を持つ人々は、認知や行動、感覚の処理に特徴があり、他者との意思疎通や社会的なルールの理解に困難を抱えることが多い。
たとえば、ASDの人々は曖昧な指示や比喩的表現を理解するのが難しいことがあり、社会的な文脈を読み取る力が弱いとされている。また、ADHDの人々は衝動的な行動や注意の持続困難が見られ、状況判断を誤りやすい傾向がある。これらの特性が、犯罪に関与してしまう、あるいは被害者として巻き込まれてしまう要因となることがある。
犯罪被害に遭いやすい理由
1. コミュニケーションの難しさ
発達障害を持つ人の多くは、非言語的なサインや空気を読むことが苦手である。そのため、悪意を持った相手の策略や誘導に気づきにくい。たとえば、悪徳商法や詐欺においては、相手の意図を正確に読み取ることが求められるが、発達障害のある人々はそれを察知することが困難な場合が多い。その結果、簡単に騙されて契約させられたり、個人情報を教えてしまったりするケースがある。
2. 社会的孤立と依存
発達障害を持つ人は、周囲との関係構築が難しく、孤立しやすい。孤独感や社会からの疎外感は、誰かに受け入れられたいという強い欲求を生み、それに乗じた犯罪者に付け込まれる危険性がある。特に若年層においては、SNSを通じて「仲間」や「恋人」を装った人物に近づかれ、犯罪に巻き込まれる事例も報告されている。
3. 判断力や理解力の偏り
法律やルールの解釈に困難を伴うこともある。たとえば、「これは違法だ」「これは不適切だ」という判断ができずに、意図せず違法行為に関わってしまうことがある。また、警察などの公的機関との接触においても、自分の立場をうまく説明できず、誤解を受けることも少なくない。
犯罪加害者として扱われるリスク
発達障害のある人が、犯罪の被害者になるだけでなく、加害者として扱われることもある。これは本人に悪意がなくても、社会的ルールや他人の感情を理解する力が乏しいがために、結果的に違法行為とみなされる行動をとってしまうことが原因である。
たとえば、ASDの人が公共の場での他者との距離感を適切に保てず、不適切な接触と見なされることがある。また、ADHDの衝動性により、些細なトラブルから暴力事件に発展する場合もある。これらは教育や環境によってある程度予防できるが、本人の特性が原因であるため、完全に防ぐことは難しい。
加えて、取調べにおいて発達障害の特性が理解されない場合、虚偽の自白を強要されたり、不利な供述をしてしまったりするケースもある。知的障害を伴う場合、その傾向はさらに強まる。
実際の事例
実際に、発達障害のある若者が、SNSで知り合った人物に「簡単なバイトがある」と誘われ、運び屋として犯罪に加担させられるケースや、詐欺の受け子として利用されるケースがある。本人は犯罪性を理解せずに行動していたとしても、法的には処罰対象となり、その後の社会生活に大きな影響を与えることになる。
また、学校や職場でのいじめや差別を受けた結果、感情のコントロールを失い、暴力行為に及んでしまう事例もある。これもまた、周囲の理解と支援が不足していたことが一因である。
支援と予防のために必要なこと
1. 教育と啓発
発達障害に関する知識を広く一般に啓発することが重要である。学校教育の中で、発達障害について正しく学ぶ機会を設けることにより、誤解や偏見を減らすことができる。発達障害のある当事者に対しても、自分の特性を理解し、危険を回避するための教育が必要である。
2. 支援体制の強化
医療、福祉、教育、司法の各分野が連携し、発達障害を持つ人に対する支援体制を整備することが求められる。特に、相談機関や支援者による日常的なサポートがあれば、リスクを未然に防ぐことが可能である。また、警察や裁判所においても、発達障害への配慮がなされるべきである。
3. ピアサポートの活用
当事者同士の交流や、先輩当事者によるピアサポートも有効である。自分と似た立場の人からの助言や経験談は、理解しやすく、実生活に活かしやすい。SNSや地域の支援グループなどを通じて、孤立しない仕組みを構築することが大切である。
4. 法制度の整備
現在の日本の法制度では、発達障害に対する考慮が十分とは言えない。たとえば、取調べの際に発達障害を持つ人に対して適切な配慮がなされるよう、法的な枠組みを設ける必要がある。さらに、被害者・加害者を問わず、支援につなげるための制度的な裏付けが求められる。
おわりに
発達障害のある人々が犯罪に巻き込まれるリスクは、個人の責任に還元すべきものではなく、社会全体の理解と支援の不足による構造的な問題である。誰もが安心して暮らせる社会を築くためには、発達障害の特性を正しく理解し、適切なサポートを提供することが不可欠である。そして、犯罪の被害者にも加害者にもさせないための予防的な取り組みが、今後ますます求められるだろう。
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