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発達障害の二次障害により自傷行為を繰り返す

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この記事は発達障害の学習障害(LD)とADHD(注意欠陥多動性障害)を抱えている20代の女性に書いていただきました。さらには二次障害により自傷行為もしていましたが、今では結婚して幸せに暮らしています。

………..

 小学生の頃から、私は生きづらさを感じていました。どんなに頑張っても、算数が出来ない。高学年になると、化学式や地図の暗記が必要な理科や社会も苦手になりました。他の教科は平均的なのに、算数と社会と理科だけは、問題そのものを理解出来なかったのです。塾にも通わせてもらいましたが、学校と同じく理解することが出来ませんでした。これが発達障害の学習障害(LD)のせいだと分かったのは18歳の頃です。

 また、対人関係でもつまづくことが多く、「どうして私だけ仲の良い子が居ないの?」と思いながら、小学生時代を過ごしました。軽く会話をする浅い関係の友人は多くいましたが、グループを作るほど仲の良い子は出来ません。次第に、私を認めてほしいという気持ちが強くなり、わざとバカなことをしてクラスメイトを笑わせようとしていた時期がありました。そんなことをしても、自分の中のモヤモヤは解決出来ませんでした。「生きにくい。だけど何が理由で生きにくいのか」を誰かに説明することができなかったのです。そのモヤモヤを解消するために、小学校6年でリストカットなどの自傷行為をするようになりました。

精神科を受診

 中学2年から教室に居ることが辛くなり、授業中に飛び出して家に帰ったり、休んだりすることが多くなりました。そして、中学3年の5月から不登校になりました。何がそんなに辛いのか。どうしてこんなに苦しいのか。手首を切るんじゃなくて、親や先生に相談出来なかったのか。大人になってから思うことは多くあるのですが、当時の私は言葉に出来なかったのです。

 何を聞いても黙っていたり、支離滅裂なことを言って怒鳴る私を心配した両親に連れられ、現在も通院する精神科を受診しました。この時には発達障害の二次障害が限界に来ていたのだと思います。二次障害とは発達障害に対しての適切なサポートがなかった結果、鬱、自傷行為、他傷行為、不安障害などの行動や症状が発生することを言います。私の場合には勉強ができない、人間関係が作れないことから、リストカットによる自傷行為を繰り返しました。

衝動性から自傷行為や徘徊を繰り返す

 精神科で薬物治療を始めても、落ち着かない気持ちを抑えることが出来ませんでした。

「家にも学校にも居たくない。」
「どこに居て良いのか分からない。」
「考えがまとまらない。」
「言葉で伝えられない。」
「自分でもどうにかしたいのに、どうすることも出来ない。」

 少しでもその気持ちを感じると、家を飛び出し、電車で何時間もかかる場所に行ったり、自傷行為を繰り返すことがありました。衝動が抑えられないのです。発達障害のADHDは「衝動性」「不注意性」「多動性」という代表的な3つの性質がありますが、私は「衝動性」が強く表れていました。

 そんな状態が続いた18歳の夏に、とうとう精神科に入院となりました。いつ自殺をするかも分からない状態で、両親は私を放っておけなかったのです。

18歳で精神科に入院。ADHDと学習障害(LD)と診断される

 入院先の医師には「自傷行為や自殺未遂は発達障害の二次障害の影響を強く受けていますが、ADHDの衝動性を伴っているのではないか」と指摘されました。

 さらには「学校や塾の先生に時間をかけて教えてもらっても、そもそも言葉や文章の意味が理解出来ないのは、学習障害(LD)という障害のせいだよ」と教えてもらいました。

 この時には「私のせいじゃなかった」と、ホッとしたのを覚えています。

 診断を受けてから、ADHD(注意欠陥多動性障害)の薬「コンサータ」を処方され、単位制高校に進学できるくらいまで落ち着きました。まだ生きづらさを感じて自傷行為を繰り返すことはありましたが、発達障害の診断を受けてから少し落ち着きました。1年ダブりましたが、なんとか高校を卒業し、社会人になることが出来ました。

結婚をきっかけに10代の私を認めることが出来た

 就職しても人間関係が上手く結べなかったり、仕事上の間違いが多く、職を転々としました。そして1年間ニート生活をしていた時に、今の夫に出会いました。夫は次のことを言って私を認めてくれました。

 「手首を切って、死ぬことまで考えながらも、今日までよく生きてきたね。勉強が出来なかったのも、友達が出来なかったのも、あなたのせいじゃなくて障害のせい。あなたには出来ないことが沢山あるかもしれないが、その出来ないことは別の人に頼めば解決することが多い。あなたにしか出来ないことだってある。障害があるあなたがあなた。」

 人に認められたのが初めてだったこともあって、これがきっかけで私自身を認めてあげることができました。夫に受け入れてもらえたことで、私は初めて心が満たされたと感じました。

大丈夫、大人になっても生きられる

 この記事を執筆している2年前に長男を授かり、子育てと仕事と家事に追われる毎日ではありますが、必要とされる喜びを感じながら、毎日幸せに生きています。今まで生きてきて本当に良かったです。

 発達障害によって、強く生きづらさを感じてしまった10代。大切な青春時代の大半を、発達障害とその二次障害に奪われてしまったのは事実です。今でも、人とどう接して良いのか分からないので、ママ友と呼べる人があまり居ません。でも、1人居ればそれで良いんだと思います。多くの人に受け入れられなくても、1人に受け入れてもらえれば、とても安心出来るのです。それが夫です。

 今、誰にも悩みを相談出来ずに、モヤモヤを抱え込んでしまっている人。生き辛さから自傷行為をしてしまっている人。こんな自分、大人になってもどうせこのままだと、生きるのを止めたいと思っている人。大丈夫、大人になったらなったで、なんとかなるものです。将来の可能性を自分で潰さず、少しだけ未来の自分に賭けてみてください。大丈夫、私でもなんとか今日を生きれてるんですから。あなたも、きっと大丈夫。

[参考記事]
「発達障害の「二次障害」とは何か。放置すると大変なことに」

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